雨乞い、龍神信仰 地名

雨乞いや龍神信仰に関連する地名や、それを彷彿させる地名を集めました。

住所・場所名 概要
留萌郡小平町 蛇ノ目沢川(じゃのめさわがわ)
空知郡夕張市 大蛇の沢川(だいじゃのさわがわ) 阿野呂川の支流
上磯郡木古内町 蛇内川(へびないがわ)
足寄郡陸別町小利別(しょうとしべつ) 地名の由来はアイヌ語のポントシベツ(小さい蛇川)
余市郡余市町 地名の由来はアイヌ語のイオチ、ユーチ(蛇の多くいる場所)
上磯郡知内町 蛇ノ鼻岬(じゃのはなみさき)
上川郡上川町 白蛇ノ滝(はくじゃのたき) 北海道の滝【きたのたき】上川町の滝-白蛇の滝(はくじゃのたき)
雨竜郡北竜町竜西
雨竜郡北竜町
釧路市音羽 竜神川
稚内市抜海村 勇知 地名の由来はアイヌ語のイオチ、ユーチ(蛇の多くいる場所)
上川郡鷹栖町15線23号 昇竜川
小樽市忍路1丁目 竜ヶ岬
古宇郡神恵内村神恵内村 竜神岬 神恵内集落の南、トラセ地区突出した岬。古宇の入江を形成し、古宇川河口域となっている。かつては弁天崎と称され、「罕有日記」(※かんゆうにっき)に「兜崎より二里斗り、弁天崎を廻り、崎は細き平態にて祠堂あり」と記される(安政四年五月二九日条)。明治九年(一八七六)ニシン漁場を経営する田中福松が青森県小湊(現同県平内町)の八大竜王神宮より分霊を勧請、翌年当岬の社殿を建立して祀り、古宇海岸の守護神としたことから竜神崎と称されるようになったという。神恵内港に近く、漁船の進路目標でもあったことから、漁業関係者の信仰を集め、竜神講が結成され、毎年一月八日に定例祭が執行される。

平凡社「日本歴史地名大系第一巻 北海道の地名」2003 平凡社

上磯郡知内町小谷石 蛇ノ鼻岬
檜山郡 利別川(後志利別川 / しりべしとしべつがわ) トシュ・ペッで蛇川ともいわれ,この川を漁場の境にしたため,境界を明らかにするため川の中央に縄を張ったのでトシュ・ペッ(縄川)だともいわれている。
龍神町 (現)函館市豊川町 明治五年(一八七二)二月に一町として公認された町(同年「御達留」私立函館図書館蔵、「事業報告」第一編)。地蔵町五-六丁目の南東に位置し、南東は西川町。近世以来龍神社が祀られていたことが町名の由来。万延元年(一八六〇)の函館全図では、地蔵町五丁目の四丁目寄りの南東側に「龍神社」が描かれている。「函館夜話草」によると、龍神社の社地は「もと函館七社奉幣八幡宮の祭礼の時に神輿の御旅所の明地」であったが、「此処に住居する漁家の人々海運のあらん事をいのりて龍神を勧請」したという。また淡斉如水は「愚昧の小民等、浮屠氏の説に迷ひて龍宮の神などいふものある事と心得し事なるべし、笑ふべし」と付記している。明治九年の現在戸口一七三戸・六五四人(函館支庁管内村町別戸口表)。同一四七月に西川町に編入された(「事業報告」第一編)。

平凡社「日本歴史地名大系第一巻 北海道の地名」2003 平凡社

龍雲院 (現)松前郡松前町字松城 当時は寺の類型でいえば一定の檀家をもつ菩提寺であるが、近世を通じて境内の龍神堂において漁猟円満・船々安全、さらには海施餓鬼供養として大般若経修行をするなど、祈祷寺的な性格も兼ねていた。

平凡社「日本歴史地名大系第一巻 北海道の地名」2003 平凡社

じゃばみ (現)松前郡松前町字白坂 享保十二年所附にみえる地名。江良町村の北方、現二越川を越えた辺りをいう。シャクシャインの戦に関連して「津軽一統志」に「ちやばん 家三軒」とみえるのが早く、ゑら町の次に記される。前掲所附でも江良町村、「せそこ内」「ふたこゑ」に続いてあげられる。史料には坂名・川名としてみえることが多く、菅江真澄は「蝦夷喧辞弁」で「蛇喰」の文字を当て、「蛇喰坂を下れば」と記す。「蝦夷日誌」(二編)には「シヤハミ小沢」もみえ、「少しの沢也」と記す。現在はジャヌケとよんでいる。

平凡社「日本歴史地名大系第一巻 北海道の地名」2003 平凡社

龍徳町 (現)小樽市信香町 明治初年(同二年八月-同六年の間)より同三二年(一八九九)まで存続した町。信香裏町の西にある。一八五九年(安政六年)ノブカの裏手に龍徳寺が堂宇を造営(のち移転)、これにちなみ当地を龍徳町あるいは龍徳寺門前町と称するようになった(明治五年小樽郡一号区内戸籍表)。明治五年に改めて龍徳町と命名、同六年開拓史小樽出張所から認可する通達があったという(小樽市史稿本)。同六年の「後志国地誌提要」に龍徳町がみえ、戸数二九・人口六一、寄留戸数四・人口二六.同九年の大小区画沿革表では第三区三小区に属する。同十九年の信香裏・龍徳両町の戸数五〇、組数一(「小樽郡治類典」小樽市史)。同二四年調の「微発物件一覧表」では戸数二五・人口一五六、倉庫一。

平凡社「日本歴史地名大系第一巻 北海道の地名」2003 平凡社

ヘケレウタ
鼈龍田村 (※べきりゅうだむら)(現)室蘭市崎守町・石川町・香川町・陣屋町二-五丁目など

ヘケレウタ

漢字表記地名「鼈龍田」のもとになったアイヌ語に由来する地名。コタン名のほか海浜名としても記録されている。当地一帯は近代に入り鼈龍田村(べきりゅうだ)に包含された。仮名名表記は「ヘケレウタ」(玉虫「入北記」、「蝦夷日誌」一編など)のほか「ベケレウタ」(協和私役)、「ベケリウタ」(蝦夷巡覧筆記)、「ヘケレヲタ」(場所境調書・廻裏日記)、「ヘケロタ」(木村「蝦夷日記」)、「ヘキリタ」(谷「蝦夷紀行」)などもある。


鼈龍田村 (※べきりゅうだむら)(現)室蘭市崎守町・石川町・香川町・陣屋町二-五丁目など

明治初年(同二年八月から同六年の間)から明治一五年(一八八二)二月までの室蘭郡の村。瞥龍田とも書き、「新室蘭市史」はベキリウダと読む。同郡の陸地部西寄りに位置し、東は幌萌村、西は室蘭村に接し、南は室蘭港に臨む。近世はホンヘケレヨタ(ヘケレウタ)、ポロヘケレオタなどからなっていた(山川地理取調図など)。明治三年仙台藩角田領の家臣二戸が入植、本格的な農業が始まる(新室蘭市史)。

平凡社「日本歴史地名大系第一巻 北海道の地名」2003 平凡社

厚岸郡厚岸町真龍/真竜

シンレウニコル

漢字表記地名「真竜」のもとになったアイヌ語に由来する地名。天保郷帳には「アツケシ持場」のうち「シンテウニコロ」とみえ、当地一帯には近代に入って真竜村に包含された。仮名表記は「シンレウニコル」(玉虫「入北記」)、「シンテウニコロ」のほか「シンニウコル」(東蝦夷地場所大概書)、「シンニウコル」(東行漫筆)、「シンシウニコロ」(「蝦夷日誌」一編、坂本「東蝦夷日誌」)がある。坂本「東蝦夷日誌」は語義について「名義、鍋の釣の如く曲がりし処と云儀」と述べている。

昭和37年字名変更により真龍の地名が無くなる

厚岸真龍神社が現存する

平凡社「日本歴史地名大系第一巻 北海道の地名」2003 平凡社