虫の知らせ

#177 / 室蘭 絵鞆神社

室蘭 絵鞆神社

住所
室蘭市絵鞆町1丁目5−21
緯度、経度
42.337410, 140.939833
※あくまで目安であり正確な情報ではない場合がありますのでご注意ください
由来

【由緒】

 弘化元年、市内崎守町にムロラン会所を為し居りし岡田半兵衛がエトモ岬に漁場出張を設けし際、事業発展と航海安全を祈り、出張に稲荷大神を奉斎し、同時に室蘭港口の2つの小島に大黒・恵比須を祀った。此の両島は風当りが強く、社殿保持が困難な為に1年後陸上に遷された。明治26年奉斎し居りし稲荷大神を神社として創立、明治30年先の大黒・恵比須を合祀して社名公称を許され、無格社絵鞆神社と称す。昭和21年宗教法人設立。

絵鞆神社 | 北海道神社庁のホームページ
由来2

またここには鯨の工場もあったといわれるし、旧絵鞆小学校の玄関には鯨の骨がかざられていたとも伝えられている。そういう意味では居住地を守る産土神系ともいえそうである。さらに神社境内には「龍神」の碑もあるところから、共同祈願の場所であったことは当然といわなければならない。写真(図二七)は昭和六年に建てられたもの。この事実は歴史の浅い北海道でも、伝承風俗が開花していたことの実証であって、その原因の根は深いといわねばなるまい。

(中略)

なおこの碑の下部台座のふところに、五一センチほどの本尊(神)が内蔵されてあった。もちろんよく注意しないと、表面から見えない胎内神とでもいうべきものであって、われわれ祖先たちの、尊い諸行の一つをみるようで、今もなおおごそかな感銘を与えるものである。またこのような構造のものは、ここの龍神碑だけではあるまいか。その意味でも永く遺構として保存されるべきであろう。写真(図二八)はその龍神碑の石造りの荒々しい本尊神である。

小寺平吉「北海道の民俗地理」1971株式会社名玄書房 pp. 51,52
参考資料・情報など
北海道神社庁のホームページ
絵鞆神社 | 北海道神社庁のホームページ
「北海道の民俗地理」
小寺平吉「北海道の民俗地理」1971株式会社名玄書房 pp. 51,52
現地確認状況
2019/01/05 確認
その他

年が明けて2019年に足を運んだ初めての龍神様。 隣町に生まれ育った自分だが、室蘭の街は学生時代に部活の大会で行く以外にはほとんど縁がない街だった。 田舎には動物の縄張りのような、地区地区それぞれに境界があり生活圏があり、自分のように冒険心のない人間になると余計に自分の圏外に足を踏み入れることはなく、18歳で上京したこともあって無縁で過ごしてきた。 龍神という一つの視点と、年齢を重ねたことによってそこへの興味が湧いてきたということなのかもしれない。 兎にも角にも、前日東室蘭に宿泊して、室蘭で最古という絵鞆半島にある神社へと車を走らせた。総事業費1000万円という白鳥大橋を走りながら車のメーターで距離数を確認すると片道2キロほどだった。 離島でもない半島を短縮するための道路としての必然性を疑わない人がいるのだろうか。100年前と100年後のことが頭の中に浮かんでは消えていく。 帰路、暴力的な風景の痕跡が至る所に残る室蘭の街並みに白鳥大橋はいずれ十分魅力を増す可能性を秘めていることだけは間違いない。

余談はさておき、小樽にいると錯覚しそうな小道が入り組む坂道が続くさびれた町並みをしばし車をナビを頼りに車を走らせ神社のふもとに辿り着いた。 車を止めてガードレール越しに海を眺める。海は凪だった。 絵鞆(えとも)はアイヌ語のエトク(突出部の意)、若しくはエンルム(岬の意)に由来するという説が一般的なようだが、地図で形を確認すると納得できる気がする。 階段を登ると、海の姿が一段ごとに良く見えてくる。ほどなくして絵鞆神社に辿り着く。雪は十数センチあるものの、吹く風もそこまで冷たさを感じない。 左側に龍神の石がある。昭和6年10月、開拓記念とある。なんだかとても落ち着く、良い場所にある居心地の良い神社だった。周囲もよく手入れされていて人のぬくもりを感じることもできる。 お賽銭をいれて挨拶をし、しばらく神社の周りをうろうろした後に写真を撮り始めると、神社の後ろの道から初老の男性が現れた。 毎日通ってお賽銭を入れているという。続けているとやめることが出来なくなると快活に答えてくれる。礼のする姿が凛凛しい。 70年前には小さかった境内にある木が大きくなったという。当時は境内で遊んだ記憶があるようだった。 龍神碑の下の扉に何か入っているのか聞いてみたが、「なんだったか、何にも入っていなかったような気がするな」ということだった。 今でも周辺の漁師さんたちも氏子として神社を支えているようだった。神社の扉はしっかりと閉まっており、窓もなく中をのぞき見ることはできなかった。 見えなくてもなんとなく気持ちが良くて充実してありがたい気分になった。昨年は忙しく、忙しい以上に気持ちのゆとりがなくてガス欠を起こし続けていた。 歳が変わり、良い場所に巡り合えてなんだか吹く風も心地よく、見知らぬ人と短い時間ながら良い会話もできた。 場所を訪ねたら、少しでもその土地の人と会話をすることで土地と近づくことが出来る気がする。 龍神というキーワードで道内を歩いているが、場所とは人と風景によって成立するものであり、その土地を知ろうとしたら会話すること、経験することは不可欠なピースであることが(自分の場合は)必要であることが分かってきた。 いつも撮影に使っている重たいフィルムカメラはボディを風にさらしたままで会話をした時間が長かく冷えてしまったせいか、久しぶりに使ったために気を曲げてしまったためか、なんどかシャッターがうまく下りなかった。 損ねた機嫌を回復させるために電源を入れたり切ったりしながらもなんとか1本、写真10枚を写すことができた。 また一つ、ゆっくりと歩きたい場所が増えた。 伊達から黄金を通って東室蘭、室蘭、帰路の登別、白老、苫小牧とほとんど積雪がなく、12月初旬のような風景が続いていた。


「由来2」を追記。どうやら御神体は龍神碑の下にある(あった)ようである。 いつかその姿を見てみたいものだ。

更新履歴
2017/10/01 記載
2019/01/06 その他 追記、写真追加
2019/03/25 その他 追記、由来2追記
2019/01/05
2019/01/05
2019/01/05
2019/01/05
2019/01/05
2019/01/05
2019/01/05
2019/01/05
2019/01/05
GoogleMapで場所を表示