虫の知らせ

#136 / 江差町 笹山稲荷

十和田龍神の文字が幕に書かれている十和田神社と、笹山稲荷神社と関連深い青森の高山稲荷神社が龍神信仰の盛んなことから掲載

住所
檜山郡 江差町新栄町
緯度、経度
41.873291, 140.137420
※あくまで目安であり正確な情報ではない場合がありますのでご注意ください
由来

六十四話 笹山稲荷と四十八人目の浪士


「正一位チョコマン稲荷という小額を掛けたり社祠岩ヲ添ひ樹木多し此社の下なる岩を畳重ねせり其下ニ穴居する霊験多し国主順村の節は此処に参詣致さる。此地西南豊部内に坡み西北ハ元山といふニ接す此山泊村の奥也東ハ重々たる峰巒相重り皆檜山ニして其長何れを果とも中々眼の及ふ所ニあらす」と松浦武四郎の記す笹山稲荷は当地の山岳信仰の中心であり、道南を代表する霊山でもある。

蝦夷館の麓から朱塗りの鳥居は十二を数え、延々と笹山に続く小路が屈曲して相当の難所である。昔は八合目付近に松前藩寄進の特大の鳥居が望めたというが、いまは樹木の中で朽ち果て下からは望むべくもない。

五月一日から二日間行われる祭典には内外の参詣者で賑わう。境内には処々に岩穴があって狐が出入りしている形跡がある。

さて、この笹山は何時ごろから信仰の山となったのかさだかではないが、津軽の名社高山神社(五所川原近郊)の流れをくみ、その因念が大変深いのだという。高山神社は特大の太鼓で勇壮な山鹿流の陣太鼓を打鳴らすことで有名である。それは名高い赤穂浪士とのつながりがあるからだと伝えられている。したがって笹山神社にもこの赤穂浪士の影があるのだと信者は語っている。

忠臣蔵で有名な赤穂の城渡しが行われた時、名家老大石良雄は城はあけ渡しても、城の守り神だけは渡すまいとして、一人の家臣に特命を与えたのだ。四十七士に入ることができなかったこの家臣は、四十八番目の浪士として十分な動きをすることを誓った。大石はこの男に内密で御神体を背負わせて命じた。

「殿なきあと赤穂の民の守り神として、蝦夷松前までも連れのびて安住の地を見い出せ」ご神体であったか、巻物であったかはわからないが、これを背負った家臣は蝦夷地で最も稲荷信仰の盛んな霊場を求めて北をめざした。何十日となく歩き続けてたどりついたのが津軽の高山稲荷神社であったという。

高山神社に寄寓した浪士はさらに蝦夷地をめざそうとしたのだが、その機会のないままに病に倒れ、いまはの際に自分に課せられた一部始終に語って果てた。

浪士の無念と、浪士に語り聞かされた赤穂の騒動にいたく心打たれた高山神社では、浪士を懇に葬り、御神体安置の霊山を探したところ、蝦夷一番の稲荷神社として笹森神社が浮かびあがった。何時のことだかさだかではないが、高山神社ゆかりの者が笹山神社を詣で、浪士の無念を思い御祈祷をささげて帰ったと語り継がれている。

かつては天然の檜の美林にうっそうと囲まれていた笹山稲荷は、いかにも霊山の趣をほしいままに建っている。境内にある岩穴には狐の出入りの跡が認められ、信仰厚い人々には説きにその主とも思われる巨大な姿を見せることがあるという。


六十五話 生き神様のお穴


笹山境内には大小いくつもの岩穴があり、人々は「お穴」と呼んでこれを尊崇し、その中に供物を持って入ったり、信仰厚い人々によってきれいに清掃されて、霊場笹山を守る人々の温い心をつたえている。大きな岩穴がどの程度遠く、またどの程度地下に続いるか知る人はいない。だが、幾人かの人々は、この「お穴」こそ生き神様の住いだと信じている。通常のものとはあまりにも違う狐の姿を見ることがあるからだ。

ある時のこと、この岩穴を掃除していた人が、得意の追分を唄いながら精を出している時だった。暗いはずに岩穴の五十メートルほど先が急に明るく輝いた。ちょうど暗闇に向かって、ぽっかり開いた穴を通して強い日差しが差しこんできたような感じだった。だが、落ち着いてみると、陽の光とも違う、もしかしたら神仏の後光とはこんな光かと思われるような白っぽさだった。不思議に思いながらぼうと突っ立っていると、すぐ眼の前に少し盛り上がった岩山がのそりと動いた。はっとして眼をやると、その明りの中でじっと自分を見つめている眼があった。髪の毛が逆立つような思いの中で、この人は一心に神に祈りながら見返すと、少しずつその姿が浮かび上がってきた。さっきまで岩山と思っていたのが、もしや熊ではないかと思うほど巨体の動物だった。茶褐色の毛はふさふさとしていたが、顔は丸みがあって自分のイメージの中の狐とはちがっていた。

どの位の時間見合っていたかわからない。長いようであっという間だったかもしれない。やがて明かりが消えてもとの暗闇に立ち還ろうとした時、その生き物の顔が岩かげの下に消えていった。

彼はこの時に見たのは笹山の生き神様だと信じて疑わない。


六十六話 笹山さんの声


笹山神社の祭典は春、秋に二回行われいずれも盛況を呈している。十月の秋の祭典は山上すでに初冬の風が吹き始めいかにも寒い。

信仰あついある人。二年前にくじいた足の回復を祈って辛い山路を登った。寒いので一日中火を焚いて祭典となった。気がついたらみな下山して神社を守護している男たちだけが残った。これでは泊らざるを得まいと決心して毛布を引っ張り出した。

どの位たったろうか。うとうと夢うつつの中で、小窓を射す月明かりから真夜中だと思われた。笹山の頂上での真夜中だ。森閑として空気の動く音さえ耳に入ってくるような静寂につつまれた夜だった。

その静寂を破るように彼の耳に異様な音が聞こえてきた。それは確かに人の歩く音だ。この真夜中に笹山の急な山路を草鞋をするように登ってくる人の気配が確かに伝わってきた。やがてその音は拝殿の前でぴたりと止んだ。一瞬の後、それはこの世のものとは思えない美しい女の声がした。こんな美しいきれいな声を耳にしたことはない。何と言ったかは聞き取れなかった。ほんの二言か三言の女の声だった。終わったかと思う間もなく拝殿全体がビーンと唸るように鳴った。この時はさすがに髪の毛が逆立つ思いだった。ふと見ると、隣に寝ていた彼よりも以前から笹山のお守りをしている人が、やはり起きてあぐらをかいていた。

「いま笹山さん来ていったワ」

とその人は何ごともなかったようにつぶやいた。足の痛みはとうに消え去っていた。

江差民話研究会編「江差百話 江差の民話・伝説・史話」1993 江差民話研究会
由来2

十和田神社

【名称】十和田神社(とわだじんじゃ)

【所在地】江差町

笹山稲荷神社へ向かう途中にある神社です。

扁額には「十和田権現社」、幕には「十和田龍神」との文字もあります。

十和田神社のそばに湧き水を汲む場所があります。

「江差町歴史文化基本構想」策定で収集した文化財: 十和田神社
参考資料・情報など
江差百話 江差の民話・伝説・史話
江差民話研究会編「江差百話 江差の民話・伝説・史話」1993 江差民話研究会
「江差町歴史文化基本構想」策定で収集した文化財
「江差町歴史文化基本構想」策定で収集した文化財: 十和田神社
現地確認状況
未確認
その他
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更新履歴
2016/12/22 記載
2017/01/04 由来2 十和田神社追記
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