虫の知らせ

#104 / 留寿都 橇負山の雨乞い

降雨を祈願し、橇負山で雨乞いを行った

住所
虻田郡留寿都村留寿都 橇負山
緯度、経度
42.751908, 140.887763
※あくまで目安であり正確な情報ではない場合がありますのでご注意ください
由来

開拓以来、旱魃により農作物の凶作が懸念され、しばしば農民らが橇負山に登って、雨乞いの行事を行った。この行事も、故郷での慣習を伝えたものであった。

夏日、大正三年(一九一四)、春季に早天が続き、融雪が近年まれに見る早さで、四月初旬には麦を蒔き終えた。晴天が連続し、大麦などの発芽が不良となり、再度種子を蒔いたが、生育不良となった。豆類もこの傾向で、農家は雨乞いのため、高丘地で太鼓を打ち鳴らし、五月節句には、留寿都市街地の一般住宅や農民が橇負山に登り、雨乞いを行ったところ、夕方から大雨となり、農作物も行きかえり、住民は歓喜の声をあげた。

その後、今度は八月二六日の夜から、翌二七日にかけて大風雨が起こった。これは大正二年の暴風雨と同じくらいで、留寿都における作物への被害は大きく、とくに手柴豆は生育の最盛期で、生育不能の作物が多く出る状況で、そば・いなきびなども被害を受け脱落をみた。

橇負山の雨乞いの行事は、日をたいたと推測される。真狩村字真狩別では、火をたく行事がみられた(大正三年真狩村勧業雑件文書)。

留寿都村史編纂委員会編「留寿都村百年史」2001留寿都村(虻田郡) 留寿都村
参考資料・情報など
留寿都村百年史
留寿都村史編纂委員会編「留寿都村百年史」2001留寿都村(虻田郡) 留寿都村
現地確認状況
未確認
その他
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更新履歴
2016/10/01 記載
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