昭和4年頃、照りが続き水不足になると「雨乞い」を神社前で碑を火をたき、祈願した
川崎神社は、主要道道豊浦京極線沿いの廃校となった川崎小学校グランド近傍に位置している。各集落共に地神とのかかわりがあるが、当社も地神碑とともに鎮座している。往時の祭典には草相撲が行なわれ、浪曲師も入り込み、映画も上映された。日照りが続き水不足になると「雨乞い」を神社前で碑を火をたき、祈願したと言われる。
笑顔咲く ふれあいの村 まっかり 史跡
川崎という地名については、真狩村のWebサイトからリンクされているPDFに以下の記述があるので引用しておく
https://www.vill.makkari.lg.jp/resources/output/contents/file/release/296/1145/timei.pdf
昔の字名(地名):南オホナイ または南オオホナイ
現在の字名(地名)の由来:当初ノ川崎農場地ナル故ナリ
(アイヌ語の地名)
チライ・ベツ~「〔魚の〕イトウの・川)」
オオホ・ナイ~「深い・川」 ※「オホナイ」も同じ意味
上目名(上・メナ)~「上流の・細い枝川」
また、川崎には川崎土場神社という神社もあることがあとから地図をみて分かった。 川沿いにありその名の通り、木を切りだしておく場所だった神社なのだろうか。 今度通った際には寄ってみよう。 川崎土場神社