虫の知らせ

#008 / 神恵内 当丸沼と竜神岬

当丸沼に棲んでいた大蛇の話

住所
古宇郡 神恵内村 当丸沼
緯度、経度
43.197142, 140.532594
43.136879, 140.427926
※あくまで目安であり正確な情報ではない場合がありますのでご注意ください
由来

「トマール沼の竜神」

若者に救われて天へ昇 神恵内

神恵内村と古平町との境界線近くに満面、水をたたえた静かな沼が見える。トーマル沼、現在は当丸沼という。ここに龍神の願いを聞いてやった若者の物語が伝えられている。「神恵内地理読本」と地元の古老の話を合わせるとこうだ。

その昔、若いきこりが近くの村に住んでいた。ある夜、若者の夢枕に美しい女が現れ、目に涙をためて、

「私は沼の精です。私がもし海に出たら、天に昇って天をかけのぼる竜にもなれるのに、残念なことに沼の落とし口に大きなカツラの木があって私が下るのをさえぎっています。どうかあの大木を切ってください」

と言った。

若者はそれ以来、夢とも幻ともつかぬ不思議な女性の言葉が気になって仕事も手につかず、ついに病気になってしまった。

数日たって若者は決意を固めると、夜、床を抜け出し、斧をかついで山に入った。涙ながらに訴えたあの女性の願いを何としても遂げさせてやりたいと思ったのだった。

沼の落とし口へ行き、かつらの大木に近づくと力いっぱい斧を振るい、やっとの思いで伐り倒した。何か夢を見ているような気持だった。

ドーッ、と大木が倒れたその瞬間、雷光が走り、雷鳴がとどろいて物凄い雨になり、川はたちまち氾濫した。その中を見るも恐ろしい大蛇が口から火を吐いて矢のような速さで下っていった。

若者はその姿に、われを忘れて立ちすくんでいた。

村人たちは突然の大水に驚き、家を飛び出したが、どうすることもできなかった。建物までが濁流にのまれてあっという間に流された。人々は流されまいと逃げまどうのが精いっぱいだった。

山手へ逃れた一人が、天を仰ぎ見て、青白く光る尾を引いて天に駆けのぼって行く竜を見て気を失い、倒れた。

竜神の噂はぱっと広がり、人々は大カツラの伐ったのはだれだ、と詮索したが、ついにわからなかった。そのうち若者の姿が忽然と消えた。

人々はそれを知って、

「天の竜神が、若者を召し上げたに違いない」

とおそるおそる語り合った。

そのことがあってから、トーマル川が大水であふれたことは一度もない。そしてこの恐ろしい噂もいつしか忘れられてしまった。

当丸沼が神恵内村市外からざっと十二キロ。当丸山(標高八〇〇メートル)近くに望まれる当丸沼は木々の緑を映して、不気味に静まり返っている。

合田一道「北海道おどろおどろ物語」1995 幻洋社
由来2

竜神岬

神恵内集落の南、トラセ地区突出した岬。古宇の入江を形成し、古宇川河口域となっている。かつては弁天崎と称され、「罕有日記」(※かんゆうにっき)に「兜崎より二里斗り、弁天崎を廻り、崎は細き平態にて祠堂あり」と記される(安政四年五月二九日条)。明治九年(一八七六)ニシン漁場を経営する田中福松が青森県小湊(現同県平内町)の八大竜王神宮より分霊を勧請、翌年当岬の社殿を建立して祀り、古宇海岸の守護神としたことから竜神崎と称されるようになったという。神恵内港に近く、漁船の進路目標でもあったことから、漁業関係者の信仰を集め、竜神講が結成され、毎年一月八日に定例祭が執行される。

平凡社「日本歴史地名大系第一巻 北海道の地名」2003 平凡社
参考資料・情報など
北海道おどろおどろ物語
合田一道「北海道おどろおどろ物語」1995 幻洋社
日本歴史地名大系第一巻 北海道の地名
平凡社「日本歴史地名大系第一巻 北海道の地名」2003 平凡社
現地確認状況
未確認
その他

「2017/8/26-2017/8/26 札幌から自転車で神恵内へ」

朝7時前に自宅を出て自転車で当丸沼を目指す。天気は快晴、すがすがしい夏の終わりの空模様の下を朝里峠を目指す。前の週に朝里まで峠を越えたばかりなので気楽に進んでいく。前回と違って今回はタイヤの空気圧も問題ない。あまりにも気楽だったため休憩や水分、行動食をほとんど取らずにこの先も勢いまかせで進んでしまい、後半になってかなりばててしまった。

北海道道1号線である朝里峠を越えて朝里温泉に出、956号線を走った。丘陵地帯で峠越えした後の体に地味に負担をかけ続ける。自転車にくくりつけた荷物も背負ったザックの中のカメラも徐々に重く感じられるようになってくる。なんとか踏ん張って峠を越えて5号線に合流、小樽駅を過ぎて交通量の多い道を海を目指して自転車を漕ぎ続ける。峠を越えると気温は一気に上がったように感じられた。

5号線を走っていると、明らかに大学生と思われる大きな荷物を自転車につけた集団と何組かすれ違う。こちらも同じような格好をしているのでなんとなく親近感がわき、お互いに手をあげて挨拶を交わす。途中コンビニによってやっと休憩する。行動食を口に入れて水分を補給する。予定よりも若干遅れているのでのんびり休む気になれない。

視界に海が見えた時は解放感に満ちた気分になれた。山を越えて見た海はきれいで広かった。相変わらず車通は多くトンネルが多い道なので注意しつつ進んだ。道は車を中心に作られるのは、利用比率から考えて仕方がないことなのかもしれない。たまに幅寄せしてくる車が通り過ぎるたびに湧きあがる嫌悪感をため込まないようにしながら、古平までを当面の目標に先を急ぐ。と、余市海水浴場の近くの蘭島のトンネルを抜けて、道路にあるビスが目に入った。あわててよけた途端に、自転車はぐらついてすぐにパンクだと気がついてあわてて路肩に自転車を止めた。今年新しくしたこの自転車がパンクしたのは初めてだった。しかもまだまだ今日の目的地まで距離もある。水分を補給してすぐに修理に取り掛かった。後輪を外して確認してみると、すぐにパンクの原因がタッカー(ホチキスのようなコの字の形)の針がきれいに左右ともにタイヤに刺さっている個所を見つけた。パンクはアンラッキーだったが、原因が明確だったのだけはラッキーだった。タイヤが固くてなかなかチューブを取りだせなかったが、なんとか力を込めて引っ張り出して予備のチューブを押し込んだ。思っていたよりもすんなりと新しいチューブがセットでき、空気を入れるときっちりと固く膨らんだ。渋滞気味だった海水浴客の車がその間ゆっくりと自分の脇を通り、車内から憐憫の視線を送っていたがそれ以上に何もなく終わった。さらに時間をロスしてしまい気ばかりが急いてしまう。余市のコンビニに少し寄って古平を目指して国道229号を進んでいると空は晴れているのに雨が降ってきた。温められていたアスファルトに水が落ちて水蒸気で路上がむっとした。通り過ぎていくバイクの背中を恨めしく眺めながらもなんとか峠を越えて古平町で遅い昼食を取った。予定よりも1時間遅れて13時ぐらいになっていた。ここから先の当丸峠が本日の目標だったのだが、思っていたよりも峠の斜度がきつく用意していた水分が残り少なくなってしまいスタミナも道中で消耗していた。

峠に入るまでのアプローチはゆっくりと長くほとんど車の来ない道で途中に熊のフンまであった。峠の頂上付近に当丸沼があるはずなので、そこに着いたら休憩して撮影をしようと考えながらあまり眺望の良くない道を走った。次第にきつくなる斜度に耐え切れず、途中からは自転車を押して坂を上った。日差しが強く疲労が増した。次の角を曲がれば頂上だと何度も思って自転車を押し続けたが、なかなかそこには辿り着かず、傾斜の緩やかな箇所になると自転車に乗り、きつくなると押して進むを繰り返した。なんどかの幻の頂上を経て、やっと下りに突入した。下りは覆道ばかりで、かつ傾斜もきつくて景色を楽しめなかった。疲弊した気分がそうさせたのかもしれない。覆道の途中に分岐交差点があって、もしかしたらそこが沼への入り口かと止まってみたものの、案内もなかったのでたぶん別のところだろうと先を急いだ。後から調べるとそこが沼へ行ける入口に間違いはなかった。残念だったが仕方がない。その場で携帯を取り出して調べようとしたが、圏外で場所を知ることはできなかった。今春変えたsoftbankは山間部や僻地で圏外になることが、docomoやauよりも圧倒的に多いと感じる。

峠の下りは気温も低く覆道でたまに狐が歩いている程度で一瞬にして下まで降りた。峠の反対側、神恵内は風がとても強かった。リフレッシュプラザ温泉998の自販機が見えたので、そこでコーラを買って飲んだ。体が下り道で冷えていたので肌寒さが増したもののとても美味しかった。体を動かした後はコーラがしみることを高校生以来最近ひしひしと感じるようになった。強風は収まらず、道沿いの木立草木が強風に揺られていた。16時を回った日差しに照らされたそれはとても美しく感じられ、この日初めてカメラを出して数枚写真を撮った。直接見ることができなかった当丸沼に向けてもシャッターを切った。ここから先、本日宿泊する盃野営場までは10キロもなかった。風は強くて自転車は押し戻されるようだったが、残りの道を惜しみながら進んだ。近くて20キロ先にしかないコンビニに行ってビールを買うことはあきらめた。

こじんまりした野営場に着くと、思ったよりもファミリーキャンパーが沢山いて自転車に乗った自分は場違いな感じがした。野営場の奥の方に自転車が2台見えた時は仲間がいたとほっとした。二人は三重県から来た学生だった。40日かけて北海道を回っているという。GTとSURRYという二人とも良い自転車に乗っていた。慣れないながらもテントを張って身支度を整えなおしながら周囲を観察した。団体さんもソロもいて、キャンプ場に宿泊することは遠い昔以来だったので目新しかった。食事は登山の時と同様に手軽な準備ですませられるもの中心にしてすぐに終わった。テントで隣になったバイクソロのおじさんが話しかけてきてくれる。当丸峠で自転車を押して苦しんでいた自分を見かけていたことが分かってうれしいのか恥ずかしいのか。途中で買ったウィスキーの小瓶に炭酸水を混ぜて少し飲んでから野営場近くの小さな温泉に浸かる。明日風が収まり、脚の筋肉と気力が回復することを願う。周囲を歩こうかと思ったが強風と疲れで湯からあがってすぐにテントに戻り、横になっているうちに眠ってしまった。キツネが鳴く甲高い音と、誰かが連れてきた室内犬の頼りない鳴き声と、トイレのドアが閉まる時の音と、木々のざわめきを聞きながらあっという間に夜に体はとけ出した。

翌朝5時過ぎに起きると何組かは食事をしていた。手早く準備を整えて珈琲を入れ、マカロニを茹でた。山と違ってキャンプ場は水場がすぐそこなのでとても楽に思えた。寝るために出した道具たちを整えてしまって自転車にしばりつけ、何もなかったかのように次の日が始まっていった。隣のおじさんと自転車の二人組に挨拶をして竜神岬で撮影した。風は思ったよりも弱まっていて、体力も気力も十分回復したように思えた。朝の海の景色は美しく、光に照らされた海岸線の岩岩が輝いて見えた。自転車に乗りながら飛ぶような気分になって幾つかのトンネルを越えた。アップダウンの少ない道は共和町に入っても続き、昨日とは打って変わって漕げば進む平地の道を気持ちよく進んだ。昨日の失敗から行動力と水分とは意識的に多めに取っていたのも良かったのかもしれない。

共和町のコンビニで休憩を取って家族に連絡した。まだ8時を回ったばかり。内陸に入って暑さが増した道を進んだ。自転車の速度で通り過ぎる土地の名や川の名を読みながら進むのは快適だ。アイヌ語地名の音を繰り返しながら身体を土地の上で動かし続ける。以前聞いていた共和町の小沢神社のことを意識しながら進み、小沢地区に入ってほどなくして立派な鳥居が見えた。近づいてみるとやはりその通りで、対面には森に飲み込まれそうな鳥居がもうひとつ小川をまたいであった。鳥居を越えて社に入ることもはばかれるほど、長年にわたってそれは野生化していた。カメラを取り出して、近くで作業をしていた目のきれいなおじいさんに話を聞いた。稲荷神社で、管理していた人がいなくなって放置されてしまっているということだった。それが良いことなのか悪いことなのかはわからなかった。礼を言って写真を何枚か撮った。

坂道を上がって境内へ出た立派な小沢神社には白い犬がいて終始自分に向かって吠えていた。昔実家で飼っていた犬に似ていた。今は夏真っ盛りで見通せないが、その場所は地域を見下ろせる高台にあった。雨ごいにも効用がある場所のようにも根拠なく思えた。しばらくゆっくりしてから白い犬に別れを告げて京極へと向かった。そこから喜茂別を経て、中山峠の頂上で最後の一こまを使って写真を撮った。峠の登りで事故車の対応をしていた警察官に、最近ダンプに当て逃げされた自転車の話を聞いて肝を冷やしながらも、中山峠の下りを一心不乱にかけ下りた。ディスクブレーキのききが良いのは道中とても救われた。定山渓から札幌までの道のりは暑くて見るものもあまりなかったが、自宅近くの最後の交差点でバイクに乗った近所の人に会ったのがなんとも楽しく感じられた。

現代の馬だと思って走った自転車での小旅行で当丸沼から竜神峠へのアプローチは、大きな風景の中で私が何でもないことを改めて身体的に感じる経験だった。距離の長さという相対的なものさしでは測りきれない風景の抑揚をわずかながらも受け止めることは、かつての人が風景の中で見た何かを身体的に知るうえで手がかりになると思えてならない。まだそれが何なのかはわからないままだが。

2017/8/30記

更新履歴
2016/10/17 更新
2017/08/30 更新
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