虫の知らせ

#006 / 金沢農場の竜神沼

金沢農場に祀られていた竜神さま

住所
札幌市厚別区厚別
緯度、経度
43.029131, 141.469524
※あくまで目安であり正確な情報ではない場合がありますのでご注意ください
由来

(4)竜神さんの話

①下野津幌団地の西側、共栄小学校の東側辺りの「金沢農場」内で、「竜神さま」が祀られていた。九月十三日がお祭りで、「この水を飲めばあらゆる病気がなおる」などと言われ、昭和十四年ころから昭和二十年ころまで行われていた。その後、「金沢農場」も農地解放になり、地主の金沢家も良くないことが続いたようで昭和二十七年、「お宮の魂ぬき」をして処分してしまった。その処分されたはずの「仏像三体」が、後の地主である麻生家によて、近くの木に馬を繋ぐと騒ぐという事変から発見され、そして土の中から掘り出され、また祀られるようになった。その後、団地造成、道路整備によって、さらに「信濃神社」「北海道開拓の村」に移転、分詞されるということになった。

②農場主の金沢彦吉は一切を管理人にまかせ、ご自分は札幌で精肉店を経営しておったが奥さんに先立たれ、その後に迎えられたのがモトさんでした。モトさんは、農作業で汗水流して働く馬の苦労をしのび、又、人間の為に一生をささげた馬の霊を慰める為に、農場の一角に馬頭観音を祀るなど、大変な信心家でありました。

このモトさんと親交のあった、札幌の修験者中川某氏がある時、「農場にある池に白竜が住んでいる。手厚く祀れ」と、竜神様のお告げがあった、と。これを聞いたモトさんは、はた、と思いあたるものがあった。

成程農場の東南の一角、沢のくぼ地に小さな池があった。周囲には木立がうっそうと茂っていて昼尚暗く、池のほとりには夏は青々とした草が伸びほうだい、深閑と静まり返ったこの池は、みるからに何かいわくがありげで、見も心も吸い込まれそうな、鬼気さえ感ずる池でした。いくら旱天が続いても、水涸れをみたことのない池。どんなに大雨が降っても濁ったのをみたことのない池。いつも清らかな水を池一ぱいにたたえていて、ここから静かに流れ出る水は遥か下の水田の灌漑水になっていました。

竜は水中に住み、自由に空を飛行して雲をおこし雨を降らすと云う。竜神は雨や水中の動物を支配する神様である。

農家にとっておそろしいものの一つに旱害があり、水害がある。一度びこれに見舞われると、収穫が皆無になることさえあります。この為、農家は竜神を崇め、日照り続きのときは供物をして雨乞いをした。

敬神の念にあついモトさんが、自分の池に白竜が住んでいると聞いてはじっとしておられない。家内安全、商売繁昌、五穀豊穣を祈って、昭和十四(一九三九)年、池のそばの小高い所に、白竜神祠を建て、翌十五年には、一間四方の神殿と二間四方の拝殿を建立して、神主さん(修験者)坊さんを招いて神式、仏式の入魂式が行われたが、そこには金沢農場で働いている全農家が、太鼓や五色の幟を奉納して参列した。

神前には山の幸、海の幸を沢山供え、なかなか厳粛壮大なものであった。それ以来、毎年春秋の例祭には、修験者と坊さんによって神祠や般若心経があげられ、この農場にかかわる老若男女、参拝者一同は口を揃えて、六根清浄々々々々と唱え、これが終わったあとの直会が亦にぎやかでした。

境内につくられた土俵では、子どもの奉納相撲も、行事の一つとしてにぎやかでした。然し国を挙げての大東亜戦争に入り、やがて昭和二十年の終戦、続いて農地解放、小作農から自作農へと、めまぐるしい世の変動で、崇められた竜神様も、金沢農場の解体と共に神社の心(魂)抜きが行われ、この沼も馬頭観音も亦青葉町の団地造成で、この世から姿を消してしまった。

この池のおもてから金色にかがやく竜神様が、スーッと姿を現したのを見た者がいたとか。この池の水を遠路わざわざやって来て、一升ビンに詰めて持帰り、胃腸病や眼病の治療に用いたとかの話をする人もいなくなってしまった。

(語り手・菊池広太郎・麻生大八郎談)

阿部敏夫「北海道民間説話<生成>の研究 伝承・採訪・記録」2012 共同文化社
参考資料・情報など
北海道民間説話<生成>の研究 伝承・採訪・記録
阿部敏夫「北海道民間説話<生成>の研究 伝承・採訪・記録」2012 共同文化社
現地確認状況
未確認
その他
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更新履歴
2016/10/01 記載
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