乙部町 潮見の龍神さん
五十話 潮見の龍神さん
明治初期、字潮見に渡辺伝左衛門という網元の親方がいた。鰊が群来て、とても浜は活気づき見事なものだった。若者たちは力まかせに漁期いっぱい働いた。
ある時、鰊が群来てきたので、鰊網の枠を起こし若者たちはオーヒコイ、オーヒコイの掛け声も勇ましく、沖に出て鰊獲りの仕度にとりかかった。
『ホラ、鰊が群来たぞ!』
と船頭の声が飛び、網の引く手が重く若者の両腕に力強くこたえた。ヤン衆たちは喜んで網をあげてみると、鰊どころか二つの大きな石が網の中に入って上がってきたではないか。二百貫目もあろう石と百五十貫目ぐらいもあろう二つの石で、漁夫たちには夫婦石のように見えた。こんなに重い石なれど、屈強の若者が一人で持ち運べる石とはきっと神がかりにちがいなかった。漁師たちは縁起よいお石だと喜び、二つの石を並べて大漁祈願の守り神としてあがめ祀った。やがて鰊も途絶え、この石も人々から忘れ去られた時に、
『私は浜に捨てられている二つの石です。今では誰も祀ってくれる人もいない。潮見の龍神として部落の安全を守り続けるので、正月とか祭りなどの時だけでもローソクの一本でも供えてほしい。』
とある信心深い人が、石神様からのお告げの夢を見たのである。浜にいってよくよく見ると二つの石が仲睦まじく並んであったので、国道沿いに祠を建てまつった。国道改修工事のため、今はしびの岬隧道の海側に二つ仲良く安置されている。
葉梨孝幸「おとべ百話 民話・伝説・史話」1999 乙部町史研究室