乙部町 貝子沢の怪物
十五話 貝子沢の怪物
姫川橋から山道を通って十分も歩くと左手の方に貝子沢という小さな沢がある。ここは大昔、海岸であったせいか約三十種類程の貝が群棲していたあとがいまでも残っている。専門的な見地からいうと、実際は潮流の関係で山積みしたものといわれている。
こんな言い伝えがある。
「三百年ほど前のこと、貝子沢に手と足が大変長い『手長足長』という怪物が住んでいました。現代でいう怪獣だが、この怪獣は昼間は絶対に姿を現さず、夜になると貝子沢の自分の住家から、のそりのそりと姿を現し海辺に出てはハマグリやサクラ貝などを獲って住家に持って行き、食っては貝がらをそこに捨てていました。
何十年もの間その日々が続いたので、部落の漁師たちは困ってしまい、『あの怪物のためにすっかり貝を獲られてしまっては、オラ達の生活も食うにこと欠くばかりか自分たちの身体もやがては怪物に食われてしまう――。』
と部落民は心配になり、漁師たちはどうしたらよいか相談することになりました。
ある火とは『昼間は怪物が寝ているので、こっそり行って生け獲りにでもしたら』とか、ある人は『長い手と長い足を切ってしまったら歩けなくなるからいい』などいろいろな名案が出されたが、これといったいい案が浮かばなかった。ところがある古老が、
『いやいや、あの怪物はきっと神にちがいない。祠でも建ててやればいい』
と良案が出され、部落民一同その意見にまとまり、石山の湯元のそばに祠を建て龍神さんを祀った。それ以来怪物の姿は、夜になっても現れなくなり、安心して漁に出ることができました。」
貝子沢の貝化石について、乙部町教育委員会発行のパンフレットの中に左記のようにある。
「今からおよそ百万年前の新生代第四期洪積世のものです。貝子沢の貝化石は、ぎっしり密集していてまるで貝塚みたいです。このような化石の産状を化石床といいます。当時死んだ貝や礫が掃きよせられて集まったものと考えられています。貝子沢の貝化石露頭層からは三十種類をこえる貝化石が産出されました。エゾタマキガイ、ビノスガイ、エゾワスレガイ等の二枚貝、エゾキリガイダマシ、エゾタマガイ、アキタサンゴ等の巻貝です。この貝の中に寒流系現世種十一種、寒流系絶滅種三種及び北海道で始めて発見された温暖形絶滅種三種が含まれています。このことから当時の乙部町海岸は浅い海で、あちこちで島が顔を出す「多島海」的な海でした。この海はおもに寒流の影響をうけていて、現在よりもいくらか冷たかったと考えられています」
葉梨孝幸「おとべ百話 民話・伝説・史話」1999 乙部町史研究室