岩になった若者と蛇の精
「十勝岳の二つの岩」
若者と蛇の精の愛 上富良野
上富良野町に十勝岳にまつわる伝説がいくつかある。これはアイヌ神話をもとに昭和初期(一九三〇年代)に作られたものといわれ、「上富良野町史」に出てくる。
一人の若者が十勝川上流の谷間をあえぎながら登ってきた。山草や川魚をかじりながらここまで逃げてきたのだが、体にすり傷が何ヶ所もできていてもう限界だった。
見渡すと一面の花畑である。若者は疲労と空腹に目まいを覚えへなへなと倒れ込んだ。
夢うつつの中に輝くばかりに美しい娘が花籠を抱いて立っていて、
「深山の薬草を採りにきたのです。これは万病に効く霊薬です」
と言い、籠の中から薬草を取り出し、手渡してくれた。
夢から覚めた若者が手に握っていた深山ニンジンを口に含むと、ふくいくとした香りとなんともいえない味わいがして、勇気がわいてくるような気がした。
若者は花畑を登っていくと、間もなく絶壁の断崖に出た。白い濃霧が谷底から沸き上がってくる。谷間へ降りてみると、そこは火口になっていて、岩山の下に清水がこんこんと沸いていた。若者はそれを飲んで一息ついた。
白い霧の向こうに家があった。近づくと鋭い目光の翁が炉端に座っていた。若者は翁に勧められるままにここに落ち着き、湯につかりながら養生すると、何日もたたずによくなった。翁は言った。
「ここに長く住むべきではない。明日、西に延びた尾根を下って右へ右へ行け」
夜が明けると家も翁も消えて、若者は岩の上に寝ていた。ふと見ると、岩棚に小さな包みが置いてあり、中にまばゆく光る砂金が入っていた。若者は翁の言われた通り進んだ。
日も暮れかかるころ一軒の屋敷に着いた。中から美しい娘が出てきた。先日、薬草をくれた娘そっくりだった。若者はここに身を寄せ夢のような快楽の日々を過ごした。
娘は暑い日が続くと数時間かどこかへ姿を隠した。不思議に思い後をつけて行くと、無数のヘビがうごめく青白い沼の中へ入っていった。若者は娘がヘビの精と知りながらも、愛おしくて仕方がなかった。
娘に「連れて逃げて」と頼まれた若者は、娘の手を取ってあてもなく逃げた。そこへ沼のヘビが群れをなして襲ってきた。若者がヘビの嫌いな砂金を播くと黄金の霧となって降りかかり、ヘビの群れは轟音とともに谷底へ落ちていった。だがまだヘビは追ってきた。砂金もなくなった若者と娘はその場に倒れた。と、この時、霧が晴れ、ヌッカクシの山々が惚然と現れた。
若者が神に助けを求めると、地面を揺さぶるような音とともに岩が噴き上がり、熱湯が沸き出してヘビの群れは押し流された。二人は助け合って進んだ。だが、山は娘を、"魔性の女"と見て拒絶し、見る間に娘を噴煙で包んで黒い岩にしてしまった。
若者は悲しさのあまり七日七晩泣き続け、そのまま岩になってしまった。
二人の魂は今もここにとどまっているといわれ、春になると二つの岩に岩ツバメが舞い飛ぶ、という。
合田一道「北海道おどろおどろ物語」1995 幻洋社