遊楽部岳山麓の飛龍の沼
飛龍の沼
遊楽部岳の山麓に沼があったが、大正年代にその沼口が破れて水がなくなってしまった。
昔、ある人が春に山狩りに行って、これまで見たこともない大きなクマの足跡を見つけたが、クマの跡を追うよりも、こんな大きな熊の入っていた穴を見つけて、自分の所有にしようとして、熊の歩いてきた方へ足跡をたどって行くと沼に出た。その沼に近寄ってみると沼ぶちの残雪の上に、イルカくらいの動物が並んでいるので、
「これは翼のある竜のオウヤカムイらしい、これはとんでもないことになった」
とあおくなって逃げようとしたが、切りたった沢ばかりなので逃げ場所がないのを、やっと木の根や草にすがって山の尾根に出て逃げ帰れたが、連れていった犬はその動物の近くに行って、それきり帰ってこなかった、おそらくオウヤカムイという飛竜の毒にあたって盲になり、沼にでもおちて死んだろうということだったが、その人も間もなく死んでしまったので、この沼には近寄るなといわれていた。
沼が破れたので飛龍も海に下ったのだろうと、シクシレという老人が話してくれた。(八雲・椎久トイテレケ翁伝)
更科源蔵「アイヌ伝説集」1976 みやま書房