虫の知らせ

#169 / 小樽市 朝里 太平山神社 八大龍王神碑

小樽市 朝里 太平山神社 八大龍王神碑

住所
小樽市朝里1丁目1
緯度、経度
43.179371, 141.052840
※あくまで目安であり正確な情報ではない場合がありますのでご注意ください
由来

調査中

参考資料・情報など
現地確認状況
2017/8/16 訪問
その他

太平山神社 - 小樽図鑑(樽タルビュー)」こちらや、 「太平山神社(小樽市): ★kaeru no uta★」こちらに 詳細な道のりが説明されています。

午前10時に自転車で札幌を出発し、道道1号線を通って朝里峠へと向かう。タイヤの空気圧が少し足りない気がしたが、緊急用の空気入れも常備していたのでなんとかなるだろうと楽観視してペダルをこぎ続ける。お盆を過ぎた平日で車の数も少なく快適に距離をのばす。道路脇には動物の死骸が幾つもある。この日もっとも目についたのはカラスアゲハとトンボ、オニヤンマが数匹交じっていた。それ以外には、カタツムリや小鳥や姿を留めていない甲虫類が多かった。道路を横断中の蛇も見かけたが、運よく道路を横断できただろうか。自然を遮断する道路という存在がどれだけ生物にとって過酷な環境としてあるのかが良く分かる。とはいえ、利用者でもあり否定はできない。かつての人が歩いた場所、歩いた距離と現在のそれは道具や手段などを含めて比べる術もない。風景に耳をすませてその一端を感じられるようにしたい。地勢や気候などを五感で感じ、自動車に乗っていると見えないそういった景色を見るためにも、なるべくドアのない状態で移動するように心がけていきたい。そうやって自分に意識をすりこんで上り坂の苦労を昇華しようと試みる。

札幌湖で休憩し、タイヤに空気を入れようとするがうまくいかない。汗の臭いにつられて藪蚊がすぐにまとわりついてきてゆっくりと作業することもできない。そういえば携帯空気入れを使うのはこれが初めてであった。なんどか試すもうまくいかずであきらめて下りのスピードに気をつけながら先を急ぐ。峠の頂上付近は風も涼しく半そででは寒いぐらいだった。いろいろな人が自動車や、バイクや、自転車で通り過ぎてゆく。エンジンの有無によって、それらを見る目が変わる。自分は景色よりの立場ですれ違う人たちを眺め、相手にもそう見えるような気が経験則として浮かぶ。アクセルを踏み込むだけでは伝わってこないその場所の環境が、自分の力を動力にすることで体感できるという経験は何物にも代えがたい。

朝里温泉を抜けて対向車線に自転車屋さんが目について空気入れを借りられないか相談してみるも、人に貸す空気入れはないという。かつて嫌な目に会ったのかもしれないし、そもそもそういうスタンスなのかもしれないし、それだけでは判断できなかったが諦めるしかない。近所にもう一軒あるという自転車屋さんも水曜日で休日だった。走れないわけではないのであきらめて、朝里にある1件目の龍神信仰の足跡を探す。近くで作業していた初老の男性に道を尋ねてみると親切に教えてくれた。

目指す太平山神社は国道から海側へ下り線路沿いの路地を行った、川との交差点にひっそりとあった。 海との境にある線路によって断絶されていたものの、川に降りて高架橋の下から眺めた海はきれいだった。満ち潮には海水が川の水を押しているような痕跡も見え、海水の臭いが辺りに充満していた。神社はこじんまりとした姿で、石積みの土台の風情に、かつてそこを建築した人たちの想いを見るようだった。海水浴客の車がたまに通り過ぎ、行き止まりなのだろうか、ぬるい風をまとって引き返して行った。 線路沿いの道を札幌方面に抜けられることを先ほど道をきいた際に教えてもらっていたので、次の目的地を目指す。峠にいたときとは打って変わって、夏の日差しに汗が滲む。背中にしょっているカメラと三脚が時間がたつごとに重く感じられる。やはり三脚を背負うのは失敗だったのかもしれない。次からはキャリーにしばりつけようと誓う。

次の目的地は自転車で10数分と近い「柾里神社 八大竜王神の碑」。一度国道に戻って札幌方面に向かってペダルを漕ぐ。日差しが強く上り坂が体力を奪う。事前に調べたGPSのポイントに立って眺めてみる。行きたかった場所は国道わきの海側、崖の坂の下にあるのだと気がついて、少し道を戻って急な下り坂を進む。こじんまりした墓地にたどり着いて自転車を降りて辺りを散策する。お墓参りの人がちらほらと先祖の霊に挨拶をしている。札幌の趣味の悪いテーマパークのような巨大墓地と違って、集落のそれはこじんまりと慎ましくある。お墓のそばに藪の向こうに通じていそうな小道が目についた。道の脇にはごみ捨て禁止の手作りの立て看板が幾つかある。ここに違いないと藪にのびていく小道を歩いてゆくも、すぐに行き止まりになってしまって引き返す。気を取り直して辺りを散策してみるがそれらしい道は見当たらない。墓地を下ると小道を抜けた先に線路があってその先が海であると確認できた。やはり、先ほどの道であっていたのだと覚悟を決めて、道が途切れた先に踏み出す。とげのある低木がタイツや手足に刺さる。虫がふわっと数匹飛翔する。なるべく脚で踏みつけて進路を確保してゆくと、踏みあとのついた通路らしきところに着く。右側が小さな丘になっている斜面沿いに道が付いている。かつてはもっとしっかりとした踏みわけ道だったのだろう。背丈の伸びた草木の隙間からうっすらと赤く塗られた建物の頭が見え先を急ぐ。距離としては数分の距離の藪を漕いで目的の社に辿り着く。そこから海が正面に来る。看板もなく道もないに等しく、それでもたどりつけたのはリンクさせていただいている「朝里探訪」の情報と、これまで各所を訪れてきた野生の感のおかげだろう。

建てられてから40~50年以上、もしかしたら100年ほども経過しているであろう社は、傾きかけた土台を必死に維持していた。赤いペンキも剥がれていて、木目の地肌が見える。辺り一面草木が覆っていて、眼前に広がる海の姿も背伸びしないと見ることができない。ワンカップや一升瓶がそこらに散見される。右手の奥にある海水浴場からの歓声は聞こえてくるものの、それは草木の先にあってその先の藪をさらに進まないと見ることはできそうにない。。時折電車が通り過ぎてゆく。当然だが藪の中にいるのでブヨがこれ見よがしに襲ってくる。虫よけスプレーを忘れたことは痛恨の極みだった。なんとか三脚を立てて撮影を行う。晴天だが木立草木に埋まりそうになりながら、湿度の中を動く。その内、カラスが頭上の木からこちらをめがけるように大きな声で威嚇してくる。それにつられてなのか、さらに数羽どこからともなくやってきて、よそ者に向けて合奏を繰り返す。ブヨとカラスにタジタジになって、荷物をまとめてきた道を引き返す。カラスはお墓の近くまで追いかけてきて威嚇をしてくる。何かがあるということなのだろう。言葉にならない想いが押し寄せてきて、ゆっくりする気にもなれない。振り返りながら後にしたが、その場所に社がある理由は、社の肩先にある海によって理解できた気がする。かつてはそこで神に向けた祈りと感謝が捧げられていたのだろう。

お墓の脇に止めておいた自転車に辿り着いて手早く荷物をまとめる。撮影を終えた機材はさらに重く肩に食い込んでくる。14時を過ぎている。日差しを身に受けながら5号線を札幌方面に向かって進む。途中、手稲のコンビニでおにぎりなどを購入して大休憩する。目的を果たしたあとの工程は足取りが重くなる。5号線の自動車の多さや、日差しの強さや、峠と違ってごみごみした景色にも辟易しながらペダルを漕ぎ続ける。西区から盤渓に入り、上り坂の苦しさはあるものの街に比べれば静かな景色を進む。対向車線の白バイのおじさんがにこやかにほほ笑みながら通り過ぎる。頂上のトンネルができたことで辛さは軽減、そこから一気に石山までの下りを過ぎて17時過ぎに帰宅。都市の喧噪の脇にある自然、自然の隣にある都市。今週頭に読んだ植えられた民と植民という言葉を時折無意識に頭の中で転がしながらの一日であった。

2017/8/17

更新履歴
2017/08/03 記載
2017/08/17 その他追記
2017/8/16
2017/8/16
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