白蛇が女性の姿に化けて男性と深い仲になるが、やがて海中に没していく物語。
「夜光の珠と白蛇娘」
二つの怪光は大蛇の目 小樽
夜光の珠という怖い話をしよう。白蛇が人間に姿を変えて男性と深い仲になり、夜ごと光る珠に魅せられて、やがては海中に没していく。「北海道の口碑伝説」にくわしい。
小樽は昔、オタルナイと呼ばれ、集落のアイヌたちは丸太船に乗って魚を獲り、暮らしていた。若いイサヤコもその一人だった。
秋も深まった夜、岬の突端に怪異な二つの光が走った。浜辺の人々は恐ろしさに身を震わせた。
「あの夜光の珠がほしいわ」
許嫁のペチカがイサヤコの膝にすがって言った。
「おまえはあれを珠だと思うのか。愚かしいことを言うでない」
やがて冬がきて物凄い暴風が吹きまくり、波浪が小山のように襲って崩れた。夜更けになると怪光はますます強い光を放った。ペチカは家を抜けて一人、岩場の上に立ち、波浪にのまれて海中に没した。
イサヤコははっと眠りから覚めた。ペチカがいないので雪の降りしきる外へ出たが、積雪で歩くことができない。観念して家に戻るとペチカがずぶぬれになって立っていた。
「おーペチカ、おまえはこんな吹雪の夜、どこへ行っていたんだ」
「知らぬ間に浜辺まで」
イサヤコはあの怪光が娘を呪っているように思えてぞっとなった。
翌日の夜も、ペチカはふらふらと浜辺へ出て行き、高波にのまれていった。明け方に帰ってきたペチカの顔は蒼味を帯び、肌は氷のように冷たかった。イサヤコは心配で心配でたまらない。
「ペチカを救うためにもあの怪光の正体をあばいてやる。たとえ怪光に滅ぼされても」
そう決意して月の神に祈った。
「やめて。あの夜光の珠は怪しい魔物なんかじゃありません!」
「何を言うか。あの月の満ちる夜、おまえのほしがる夜光の珠をひっ捕らえてやる!」
満月が近づいた夜、ペチカは岩場の上に立った。人間の姿をしているが、今夜をかぎりにもとの姿に戻らねばならなかった。高波がざぶんと岩場を打ち、しぶきがかかって体が海中に吸い込まれた瞬間、ペチカの肌に白いうろこが光った。
イザヤコは今夜こそ怪光を仕留めてやろうと、小舟を操り怪光に迫った。必死の思いで近づくと、二つの光と見たのはらんらんと光る大蛇の目だった。小刀を振り上げて力いっぱい大蛇の目をめがけて突き刺した。雷光がとどろき毒気があたりに充満した。
と、そばにわなわなと震えながらとぐろを巻く小さな白蛇を見た。白蛇の目に涙が光っているのが見えた。
それっきりイザヤコは意識を失い、主を失った舟が波の間にただよっていた。
合田一道「北海道おどろおどろ物語」1995 幻洋社